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自由に生きているのは子どもか大人か

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子育てをしていると楽しいこと、大変なこと、いろいろ経験します。特に子どもがまだ1、2歳となると、とてもかわいいとおもえる半面、「イヤイヤ期」という時期があったり・・・。

イヤイヤ期は、幼児期の反抗期とか自己主張期みたいなものと言ったらいいでしょうか。うちでも毎日、息子の「ヤーダッ」という声を聞きます。寝言でも言っています。

ちなみにイヤイヤ期には、人それぞれで程度が異なるようで。それぞれ違う人間、当然です。受け止める大人の側の感じ方の違いもあるとはおもいます。

先日ヒルネさん(妻)が、そんなイヤイヤ期の息子を見て、「〇〇(息子)ちゃんは自由でいいね。好きなように、やりたいようにして。」と微笑ましく、でもおそらくは少しうらやましそうに話しかけていました。

息子のすさまじい「イヤイヤ状態」と、ヒルネの「そんな息子は自由でうらやましい」という状況を見ておもいだしたことがあります。

哲学エッセイのような哲学絵本に、昔の有名な哲学者が考えてきた哲学の考え方の要約みたいなものが載っていました。哲学絵本みたいなものの中に、ある哲学者の「自由」に関する考えについてわかりやすく言いあらわしたものがあります。

イマヌエル・カントという人の「自由」についての考えです。カントは、200年ぐらい前のドイツの哲学者。人間の理性とか道徳的な行動から「自由」とはどういうことかを考えた人。

そのカントの「自由」についての考えは、こんな感じだそうです。あくまで要約した解釈なので、専門的には異なる部分があるかもしれません。ご了承ください。

自分で自分に命令できる。だから人間は「自由」。

したいことをする。これは、欲望や感情などに支配されている状態。これでは動物と同じ。

したいことを我慢して、しなくてはならないことができる。これが人間の「自由」。

そこから私が考えた例え話。

ライオンは自分の空腹を満たすために他の動物に襲いかかる。ライオンは広い草原地帯にいて、そうやって欲望のままに生きている。

忙しく仕事や勉強をしている人間から見ると、ライオンはとても自由に見える。 でもそうやって欲望に支配されて生きているライオンは、本当に自由と言えるんだろうか。※ある意味とっても不自由そう

カントの言う自由から想像すると、こんな感じでしょうか。

もちろん「ライオンには感情などない」というのはなしとして・・・。例え話ということで。

「欲望・感情のままに」という部分だけで考えると、イヤイヤ期に重なるものがあるような・・・。

幼児期の小さな子どもは、なりふりかまわず泣いたり怒ったりして感情をぶつけてきます。一見「自由」に生きています。

大人は、やりたくないことでも仕方なくやったり、我慢するような場面も多々あります。それでもそうすることを選んで生きています。仕方なくても、日々そうすることを選んでいます

そう考えると・・・

自由に生きているのは、子ども?それとも大人?

ここで言う「子ども」は、イヤイヤ期真っ最中の幼児という想定です。

大人でもライオン的な性質はある。私は、子育て中ライオン化することがある。

自由でもあり不自由でもある。